船を漕ぐ者 第一部

僕の岸辺にはたくさんの船が辿り着く。
多い日には一日で二、三隻の船がやってくる。
豪華客船のように着飾った大きな船が、狭い船着場に無理やり停泊することもあるが、多くの船はボロボロになっている。
幾年をその航海に充てたのかと疑うような船もある。
それはもともとボロボロだったのか、過ぎた月日に身をやつしボロボロになってしまったのかを僕は知らない。

船が岸辺に着くと、漕ぎ手は船から降りてきて、僕に握手を求める。
僕は快く手を握る。
「よく来てくれましたね。」
と僕が言う。
「あなたが呼んだのですよ」
と漕ぎ手が言う。
漕ぎ手の顔は見えない。
顔にだけモヤが、モザイクが掛かっている。
いつだって僕は彼の顔を見ない。
彼はいつでも僕を知っているかのようであった。
まるで旧年来の親友の如く振る舞う。
時にはそれがうざったくて僕は握手する時間を短くする。
時にはまるで母のように柔らかい変わることのない優しさで僕の心を包む。
時には父のように、言葉を交わさず僕にその背中を見せて語りかける。
まるで伴侶のように寄り添ってみたり、まるで悪魔の様にそっと耳に囁いてみたり、彼らはいつだって僕の岸辺にやってくる。
彼らは誰だろう。
歌に『詠み人知らず』と言われる作品がある。
確かにその歌を僕が読んだ時、その歌は、言葉は船となって僕の岸辺には辿り着く。
その時の漕ぎ手を知る由はない。
だが彼もまた、ほかの漕ぎ手と同じで顔にモヤがかかっている。
そして決まって、
「呼んでくれてありがとう」
と言うのだ。
彼らは僕の手を取り笑顔を見せる。
それは優しくも頼もしくもあった。
僕は彼に
「これからもずっと一緒にいてください」
と言う。
彼は首を振る。
「私はもう行かなくては。でもあなたとはずっと前から一緒にいました。
これからもずっとあなたとは一緒なはずですよ」
僕には意味が分からなかった。
確かに今初めて出会ったはずなのに、彼らはいつだって僕と昔から一緒だと語りかける。
その船を見たのは初めてであったが、漕ぎ手はいつも似たような風貌であった。

「あなたは誰なのでしょうか。」